2012年3月11日日曜日

センター通信 3月11日

今日は3月11日。

この日を境に日本は変わりつつある、というのが多くの人の実感ではないでしょうか。

そんな折、日本人の美徳・我慢強さなどが外国人の賛辞になっている、

とあまりにも日本人の良さがとりあげられるのを見聞きするたび、私は、不安な気持ちになります。

真実は多分違う、と。

3年前地震国ニュージーランドでホームステイしたとき、ホストマザーとのやりとりを思い出します。

「日本は地震国なのに、どうして原発をもっているの?」

「反対している人はたくさんいますよ。私もその一人だけど、小さな力しかない・・・」

「あなたは広島の人でしょ! 原爆の怖さを知っているのだから、もっと大きな声で国を動かしていかなくては!」

ほんとうにそう、おっしゃる通り、私は小さく縮こまりました。

「原発を造らないために、私たちは水をとても大切にしている。環境に配慮した教育を小さい頃から受けていますよ」

水を流しながら調理したり皿洗いをするなんて、とんでもない。そんな彼女の生活スタイルは私と全く同じでしたが。

国民総体が節水を心がけ環境に配慮した生活を当たり前としている国と日本との違い、その違いは、やはり教育と教養にあるのかなあ、とそのとき思ったものでした。

今回の災害が地震と津波に終わっていたら、外国からの、日本人の礼儀正しさや忍耐を絶賛する(?)評価を素直に受け入れてよいかもしれません。

でも、原発事故を起こしてしまったのです。

モラルのある日本人を誇るのでよいはずがありません。

世界の人、これから生まれてくる人たちに、ただただ頭を下げ「過ちは 繰返しませぬ」と謝罪すべきでしょう。

原爆も原発も源は同じ。所詮、人の知でまだ制御できない力を無謀に利用した、という認識をあらためて反省し、次の世代に事実を正しく伝えていく義務がありましょう。

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